アッサムが旅立ちました。
昨日、実家のアッサムが永眠しました。
眠るようにして逝ったそうです。2-3日前から具合が悪くなり、病院に通っていることは聞いていましたが、昨日、点滴を打ってもらい帰宅して数時間後に亡くなったそうです。
12歳と5ヶ月、バーニーズにしては長生きだと思います。両親の家に来て8年、最初の飼い主と暮らした年数の倍を両親と過ごして、最後は両親に看取られて、悪くない生涯だったと思います。
アッサムと初めて会ったのは、マーシャが1歳の夏でした。その年の春に、千葉から越してきた家族が飼っていて、小さな子供がいる家族で、子供がお昼寝をしている間に短いお散歩をしていて、そのお散歩のときに、マーシャと同じ犬種ということで、父が声をかけて、私が夏に初めて会うより前に、父とは顔見知りになっていました。
マーシャより1歳年上で、10月生まれだということをそのときに聞きました。それが縁で、その家族が夏に千葉へ帰省するときに、両親がアッサムを預かるようになりました。それからしばしば、預かるようになったのですが、帰省から戻って何日経っっても、迎えに来ないことが続き、だらしないところが見え始めました。
二人目の子供のお産の年は、長い預かりになりました。その家族の若い父親は、新しい仕事について前借りしては、仕事をしないで辞めることを繰り返し、若い奥さんが近所にお金を借りに回り始めました。借家代も払えないのに、大きな新車を買ったりするような父親でした。奥さんがお産で実家に戻っている間、一人で暮らせず、半年近く、アッサムを私の実家に預けて、奥さんのもとへ行っていたわけです。
二人目が生まれてからは、奥さんがアッサムのお散歩をできるわけでもなく、ときおり、心配になった私の父が寄って散歩させたり、犬仲間の人が散歩させたり、借家の大家(さんはつけません。)がしてあげることもあったようです。アッサムの飼い主であるその家の父親は、仕事しないでパチンコ三昧だったと聞きました。
アッサムは室内用のゲージを、外に置いて飼われていました。(軒下だったので雨はしのげてました。)排泄だけのために出される以外は、ほとんどをゲージの中に丸まって過ごすし、夜だけは家の中にゲージごと入れてもらってましたが、奥さんが子供を連れて出て行ってからは、夜もそのままだったようです。
一度、ゲージがちゃんと閉まってなかったらしく、アッサムが脱走して、私の実家へ来たことがありました。その頃はまだ奥さんがいたので、連絡して迎えにきてもらいました。また、犬仲間の人がアッサムを散歩させている途中で私の実家に寄り、アッサムが帰りたくないと伏せて、動かなくなったりして、両親にとっては特別の思いをもたせる犬でした。そういうことがあり、父は、「アッサムがこの家を選んだ」といいます。
奥さんが去った後は、私の父が見に行くと、暑い日中、外のゲージにいるので見かねて、勝手に連れてきて、涼しくなってから戻すということもあったようです。
それからまもなくして、近所の食料品店のおばさんが、ここ2-3日、アッサムの鳴き声が普通ではないと、私の両親に連絡してきて、すぐに父が見に行きました。話を聞くと、数日前から、飼い主は戻ってきてないようで、借金取りらしき人が何人もうろうろしていたとのことで、夜逃げしたものと見られました。そのままにしておけず、アッサムを連れて戻りました。黒い毛が茶色に変色し、腰が曲がっていたそうです。
アッサムは、置きえさ方式で、お皿のフードがなくなると足すというやり方をされていたため、食が細いのですが、そのときは、マーシャが食べなかった缶詰が残っていて、それをがつがつ食べて、通常の3倍の量でも足りなかったそうです。
その後、旅行から戻った借家の大家が、千葉の実家にいる奥さんに連絡をすると、犬はもらってほしいとのことで、大家は、私の両親が引き取らなければ保健所に渡すだけだと言いました。その言葉は不愉快であっても、アッサムがかわいそうだから、アッサムのためにと、両親の子になりました。それがアッサム4歳の誕生月の10月のことでした。
外から見ると、両親が引き取るのが自然だったと思いますが、両親はそうは思ってないようです。
慣れた家に引き取られたので、ストレスは少ないと思いますが、最初の1ヶ月は、母から片時も離れず、洗面所で髪を乾かす間も後ろにくっついていて、びっくりすると言ってました。
アッサムは、前の飼い主に、最初の2年くらいは可愛がられていましたし、しっかりしつけも入っていました。両親の家に来てからは、我儘になっていましたが、家族以外の人には相変わらずお利口な、穏やかな犬でした。親戚の人、近所の人、多くの方に可愛がられていました。(保健所に渡すと言ったあの大家も、あっちゃん、あっちゃんと頻繁に会いにきてあきれさせていたそうです。)
夜も外に出されていたせいか、雷の音に対してパニックになるため、両親は眠らず、暴れるのを抑えていたり、苦労もあったと思いますが、アッサムとの暮らしは、祖母の介護中心の生活を和ませるものだったと思います。
車が大好きで、両親の会話を全部聞いていて、車で出かけることをすぐに察知し、乗るまで父から離れなかったり、お母さんはいる?と訪れる人を、母のところに案内したり、人間のような犬でした。人間臭いのがバーニーズの特徴でもありますが。バーニーズにしては、寒がりで冬はコタツで寝ていましたが、今年の冬は絶対に部屋に上がることを嫌がり、冷たい土間から動かず、母は介護が大変だったようです。
この8年の間に、介護していた祖母も亡くなり、母方の祖父母も急死し、通報してきたお店のおばさんも亡くなり、そのお店もなくなり、あの大家も亡くなり、預かっていた頃からずっとアッサムを可愛がってくれた伯母は、痴呆がすすみ、誰のこともわからなくなりました。私は、マーシャの足が悪くなってからここ2年は戻っていません。アッサムに会ったのは3年前の夏でしょうか。
去年の動物愛護週間で、模範的飼い主の賞状をもらったことも、両親にはいい思い出になりました。父は子供の頃、犬を飼っていましたが、母にとっては、60を過ぎて、初めて飼った犬で、最初で最後の犬です。
アッサム、不思議な縁で両親の子になったけど、たくさんの思い出をありがとう。もう天国に着いていたら、すぐにアネットを探してね。そして、遠くない将来、マーシャが行ったら、マーシャのこと、よろしくね。弱い子だから、守ってあげてね。
太郎ちゃん、小次郎、チャコちゃん、キングちゃん、アレックス、ピーチちゃん、パティちゃん、マックス、みんなと楽しく過ごして、私たちが行くまで待っていてね。猫のチロを見ても、追いかけないでね。
































































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